スポーツ弁護士田中尚幸のblog

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日本野球連盟(NPB)統一契約書の解説(後半)

日本野球連盟(NPB)統一契約書(2018年版)の後半部分の解説です。

(15条より前は、前半で解説済みです)

tanakalaw.hatenablog.com


第16条(写真と出演)
第17条 (模範行為)
第18条 (利害関係)
第19条(試合参稼制限)
第20条(他種のスポーツ)
第21条(契約の譲渡)
第22条(報酬不変)
第23条(出頭)
第24条(移転費)
第25条(選手による契約解除)
第26条(球団による契約解除)
第27条(ウエイバー酬)
第28条(解約と報酬)
第29条(協約と裁決)
第30条(紛争)
第31条(契約の更新)
32条(参稼報酬調停)
第33条(保留手当)
第34条(承認)
第35条(任意引退選手)

第16条(写真と出演)
球団が指示する場合、選手は写真、映画、テレビジョンに撮影されることを承諾する。なお、選手はこのような写真出演等にかんする肖像権、著作権等のすべてが球団に属し、また球団が宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても、異議を申し立てないことを承認する。なおこれによって球団が金銭の利益を受けるとき、選手は適当な分配金を受けることができる。さらに選手は球団の承諾なく、公衆の面前に出演し、ラジオ、テレビジョンのプログラムに参加し、写真の撮影を認め、新聞雑誌の記事を書き、これを後援し、また商品の広告に関与しないことを承諾する。

球団が指示して行った選手の写真、動画撮影等に関しては、全て球団に権利が帰属することとされています。また、選手が公衆の面前に出演する際や新聞雑誌の記事を書く場合等、全て球団の承諾が必要とされています。
もっとも、当該規定をつくった当時には想定されていなかったSNS等の発展により、どこまで選手が自由に発信してもよいかということについては、色々な考え方がありうるところです。

第17条(模範行為)
選手は野球選手として勤勉誠実に稼働し、最善の健康を保持し、また日本プロフェッショナル野球協約、これに附随する諸規程ならびに球団の諸規則 を遵守し、かつ個人行動とフェアプレイとスポーツマンシップとにおいて日本国民の模範たるべく努力す ることを誓約する。

選手が、フェアプレイ・スポーツマンシップの精神を大事にすることが記載されています。

第18条(利害関係)
選手は日本プロフェッショナル野球協約に認容される場合のほか、日本プロフェッショナル野球組織に所属するいずれかの球団にたいし、直接または間接に株式を持ち、あるいは金銭的利害関係を持っていないこと、また今後持たないことを誓約する。

八百長等を防止する観点から、選手が球団を保有している会社の株式を持つこと等を禁止しています。

第19条(試合参稼制限)
選手は本契約期間中、球団以外のいかなる個人または団体のためにも野球試合に参稼しないことを承諾する。ただし、コミッショナ ーが許可した場合はこの限りでない。

第20条(他種のスポーツ)
選手は相撲、柔道、拳闘、レス リングその他のプロフェッショナル・スポーツと稼働について契約しないことを承諾し、また球団が同意しない限り、蹴球、籠球、ホッケー、軟式野球その他のスポーツのいかなる試合にも出場しないことを承諾する。

 選手がプレーに集中するという観点から、球団の指定する以外の場所で野球をしたり、他のスポーツをすることを禁止しています。「拳闘」「蹴球」等、随分昔に作った文章がそのまま残っている様子がうかがわれます。

第21条 (契約の譲渡)
選手は球団が選手契約による球団の権利義務譲渡のため、日本プロフェッショナル野球協約に従い本契約を参稼期間中および契約保留期間中、日本プロフェッショナル野球組織に保留期間中、日本プロフェッショナル野球組織に属するいずれかの球団へ譲渡できるこ属するいずれかの球団へ譲渡できることを承諾する。
第22条(報酬不変)
本契約が譲渡されたとき本契約書第3条に約定された参稼報酬は契約譲渡によって、その金額を変更されることはない。

球団側でトレードを自由に行うことができること、トレードされた場合であっても、その年の年俸が変わらないことが定められています。

第23条 (出頭)
選手は球団から契約譲渡の通知を受けた場所が、譲り受け球団の本拠地から鉄道による最短距離が1000キロメートル以内の場合は、通知を受けた日から4日以内に譲り受け球団の事務所へ出頭することを承諾する。なおその距離が1000キロメートル以上の場合は300キロメートルを増すごとに1日が追加される。
もし選手が、その日限に出頭を怠ったときは、1日遅れるごとに第3条の参稼報酬の金額の300分の1に1に相当する金額の報酬を受ける権利を喪うことを承諾する。
第24条(移転費)
本契約が譲渡されたため選手が転居した場合、球団は選手にたいして本契約が譲渡されたため選手が転居した場合、球団は選手にたいして移転費とし移転費として200万円て200万円に消費税及び地方消費税を加算した金額に消費税及び地方消費税を加算した金額を支払う。

選手がトレードした時の取り扱いが定められています。
23条については、かなり昔に作られた条文だと思われますが、トレードの通知を受けた場所から、トレード先球団の本拠地までの最短距離が1000キロメートル以内の場合には4日以内に、トレード先球団の本拠地に行かなければいけないとされていますが、今であれば、飛行機・新幹線で遅くとも2日ぐらいでは合流しそうでしょうか(引っ越しの準備などの問題はありますが)。

また、トレードに伴う引っ越しがある場合には、200万円の補助が出るとされています。

第25条(選手による契約解除) 選手は次の場合解約通知書をもって、本契約を解除することができ選手は次の場合解約通知書をもって、本契約を解除することができる。る。
(1)本契約による参稼報酬、その他の支払いが約定日から14日を超えて履行されない場合。
(2)球団が選手の所属するチームを正当な理由なく、年度連盟選手権試合に引き続き6試合以上出場させることができなかった場合。

第26条 (球団による契約解除)
球団は次の場合所属する球団は次の場合所属するコミッショナーコミッショナーの承認を得て、本契約を解の承認を得て、本契約を解除することができる。除することができる。
(1)選手が本契約の契約条項、日本プロフェッショナル野球協約、これに附随する諸規程、球団および球団の所属する連盟の諸規則に違反し、または違反したと見做された場合。
(2)選手が球団の一員たるに充分な技術能力の発揮を故意に怠った場合。

選手・球団それぞれから契約を解除できる場合が定められています。
選手からは給与が支払われない場合、14日支払いが遅れただけで契約が解除できるとされていますが、現在ではほぼそのような状況がありえないでしょう。
球団からは、NPBが定める諸々の規定に基づき契約が解除できるとされていますが、例えば犯罪を犯して刑事罰を受けた場合などが、想定されます。

第27条 (ウエイバー)
球団が参稼球団が参稼期間中、球団の都合、または選手の傷病のため本契約を解除しようとするときは、日本プロフェッショナル野球協約に規定されたウエイバーの手続きを採った後でなければ解約することはできない。
ウエイバーの手続きは次の通りとする。
(1)球団はコミッショナーコミッショナーへ、ウエイバーの公示を請求しなければならない。
(2)コミッショナーから全球団にウエイバーが公示されたとき、これらの球団は本契約の譲渡を申し込むことができる。申し込み優先順位、ならびに契約譲渡金は日本プロフェッショナル野球協約による。
(3)コミッショナーはウエイバーが公示されたことを選手へすみやかに通告する。
(4)選手がウエイバー手続きによる移籍を拒否した場合は、資格停止選手となる。
(5)すべての球団が譲渡を申し込まないときは、日本プロフェッショナル野球協約に従い本契約が解除される。

日本のプロ野球ではトレードの期限が原則7月末までとされています。一方で、ウェーバー制度がないと、トレード期限終了後であっても、特定の2球団が共謀して、それぞれが特定の選手との契約を解除するので、それぞれの選手を取り合おうと決めて、事実上のトレードをすることができてしまうために、これを防ぐ意味があると言われています(ウェーバー公示をされた場合には、全球団に獲得のチャンスができます)。

第28条 (解約と報酬)
契約が解除された場合は、稼働期間中1日につき、第3条に約定された参参稼報酬の金額の300分の1に相当する金額に消費税及び地方消費税を加算した金額が報酬として支払われ、かつ選手の居住地までの旅費が支払われる。ただし、本契約が球団の都合、または本契約にもとづく稼づく稼働に直接原因する選手の傷病によって解約されたときは、、選手は参稼報酬の全額を受け取ることができる。

選手が契約を解除された場合でも、契約が継続していた日数に応じた給与がもらえます。

第29条(協約と裁決)
球団と選手は野球選手の行動および選手と球団との関係にかんする日本プロフェッショナル野球協約およびこれに附随する諸規程を諒承し、かつこれに従うことを承諾し、さらに日本プロフェッショナル野球協約により選任されたコミッショナー、および球団所属連盟会長の指令と裁決に服することを承諾する。
第30条(紛争)
球団と選手はその間における紛争の最終処理を、コミッショナーに一任することを承諾する。また、球団と選手は、日本プロフェッショナル野球協約の規定に従い、提訴しなければならないことを承認する。

選手は、NPBが定める野球協約コミッショナー等の指示に従わなければならず、球団と紛争になった場合も、NPBの仕組の中で解決することとされています。
実際に、選手が球団との紛争を裁判所に持ち込んだ場合、裁判所が適切な判断をするかというのは、法律的には難しい問題があります。

第31条(契約の更新)
球団が選手と次年度の選手契約の締結を希望するときは、本契約を更新することができる。
(1)球団は、日本プロフェッショナル野球協約に規定する手続きにより、球団が契約更新の権利を放棄する意志を表示しない限り、明後年1月9日まで本契約を更新する権利を保留する。次年度契約における参稼報酬の金額は、選手の同意がない限り、本契約書第3条の参稼報酬の金額から、同参稼報酬の金額が1億円を超えている場合は40パーセント、 同参稼報酬の金額が1億円以下の場合は25パーセントに相当する金額を超えて減額されることはない。
(2)選手が明年1月10日以後、本契約書第3条の参稼報酬の金額から、同参稼報酬の金額が1億円を超えている場合は40パーセント、同参稼報酬の金額が1億円以下の場合は25パーセントを超えて減額した次年度参稼報酬の金額で本契約の更新を申し入れ、球団がこの条件を拒否した場合、球団は本契約を更新する権利を喪失する。
第32条(参稼報酬調停)
前条により契約の保留が行われ、選手と球団が次年度の契約条件のうち、参稼報酬の金額 にかんして合意に達しない場合、 コミッショナーにたいし、参稼報酬にかんし、日本プロフェッショナル野球協約による調停を求めることが できる。
第33条(保留手当)
前々条による保留が明年1月10日以後におよぶときは、本契約第3条に約定された報酬の365分の1の25パーセント に消費税及び地方消費税を加算した金額 を1日の手当として、明年1月10日以後の経過日数につき、1か月ごとに、球団はこれを選手に支払う。

ニュース等で流れるいわゆる契約更改について定められています。
ニュースではよく「野球協約の制限を超える減額」と言われますが、球団と選手との間の契約でも同様に減額制限が定められています。あまりに減額幅が大きすぎると、翌年に払わなければいけない税金も含め選手の生活が苦しくなりすぎることを考慮しているものと考えられます。
但し、あくまで契約ですので、球団・選手間でこの契約内容に反する合意をすることは妨げれませんので、多額の年俸をもらっていながらあまりに活躍出来なかった場合には、選手の側も制限を超える減額に納得して応じているという面もあると思います。
もっとも、これはあくまで選手が、球団側の評価やファンの目線を踏まえて任意で応じているものに過ぎませんので、選手側がこのような減額に応じなければいけない理由はありません。球団側としては、当然、想定したよりも全然活躍してくれなかったということがありうることをわかりながら、年俸を定めています。

第34条(承認)
本契約はコミッショナーの承認によって、その効力を発生する。なおコミッショナ
ーによって本契約の承認が拒否された場合、本契約は無効となる。

契約について、コミッショナーの承認を必要とされている点は、実際には形式的なものになってしまっていると思われますが、本来は、球団と選手にとってあまりに好ましくない条項が入れられるのを防止する目的があったと考えれます。

第35条(任意引退選手)
選手が参稼期間中または契約保留期間中、 引退を希望する場合、所属球団にたいし引退したい理由を記入した申請書を提出する。球団は、当該選手が提出した申請書に球団としての意見書を添付し、 コミッショナー に提出する。その選手の引退が正当なものであるとコミッショナーが判断する場合、その選手の引退申請は日本プロフェッショナル野球協約の第78条(1)の復帰条件を付して受理され、コミッショナーによって任意引退選手として公示され、選手契約は解除される。

任意引退とは、その時点の所属球団に保有権が残ったままの状態でなされる引退のことです。
そのような不自然な引退がある意味は、選手自身が自ら引退だといって何の制限もなく自由に所属球団との契約を終わらせることができてしまうと、その後、やっぱり引退をやめるといって、他の球団に自由に移籍することが可能になってしまい、戦力均衡を図ろうとしているNPBの制度に合わなくなってしまうためです。
やっぱり引退をやめるという場合は、原則として所属球団に戻らなければなりません。もっとも、球団との交渉で、自由契約にしてもらうことは可能です。

以上